軍隊は歌が好きだと坂上先生が言っていた。
戦争の中で最後に頼りになるのは戦士たちの心なのであり、それを支えるのが軍歌なのだと。「苦しいとき哀しいとき、己を奮い立たせるその時に、ただ一つ味方となるのは歌。
ガンパレードマーチ(突撃行軍歌)ですよ」
僕はいま、学徒徴兵によって、この戦車学校にいる。 人型戦闘兵器『士魂号』のパイロットとなるために。
昼休み……熊本県内の女子校の敷地内に急場しのぎで建てられたプレハブの校舎の屋上で、僕はぼんやりと山々を眺めていた。
急場しのぎなのは建物だけじゃない。この学校、この学兵部隊自体が、そうなのだ。ただ人を狩る、人類の天敵。──幻獣。
その幻獣との戦闘で惨敗を喫した日本……いや人類が、日本本土への上陸を少しでも遅らせるために、部隊どころか法案から泥縄的に作ったのだと聞いている。山の向こうのほうからかすかに、聞き慣れた音が僕の耳に届いた。
重い銃声と、爆発音。
ここは戦場だ。……もしかしたら僕たちは、ただの捨て石なのかもしれない。僕の後ろで、トタン屋根がキシキシと軽い音を立てた。
「……こんなところで何をしておる。ずいぶん探したぞ」
振り返ると、黒い髪を風に揺らして、舞が立っていた。
例によって尊大な態度で腕組みなどしつつ、挑発的な眼でこっちを見ている。
この妙な女の子、芝村舞は、僕の三番機に同乗するパートナーで、芝村というのはなんだかよくわからないけれど凄い一族らしい。
舞は、手近にあったパイプイスをガガガ……と引っ張ってくると、僕の横に腰掛けた。「映画ではあるまいし、景色が毎日変わるわけではないだろう。 そなたもおかしな奴だな」
舞はそう言いながら、頬に手をつき、上目遣いで僕の顔をのぞきこんできた。
「悩みがあるなら遠慮せずに私に言うがいい。そなたが何らかの理由で居なくなったとしたら、誰が三番機を操縦し、調整するのだ。 ……それに私は、誰と昼食を摂ればいいのか困ってしまうぞ」
大真面目な顔でそう言って、舞は視線を山のほうに戻した。
「ふむ、交戦中か。 勝てるといいな」
「…………」
「なんだ、なぜそんな顔をする。我らは勝つために戦っているのだろう? 何も迷うことなどないではないか。さあ、昼食に行くぞ」 舞は唐突にイスから立ちあがった。
「む……! そうか、まさか──いや、その、ひょっとしてそなたは私と昼食をともにするのがそんなに嫌だったのか……?」
とたんに顔をくもらせうつむく舞を見て、僕は思わず笑いだしてしまった。
「な、何がおかしい! 私を見てそんな顔をするのはやめろと言っておろう!」
「いや、ごめんごめん。 じゃ、食事に行きますか」
まだ続く砲弾の音を聞き、隣を歩く舞の姿を見ながら、僕は考える。生き残るために戦うことも、誰かを死なせないために戦うことも、たぶんどちらも正しい。
生きることは欲張りでいい。 命を賭けている今だからこそ、そう思う。だから、胸を張って今日という日を生きていこう。
友達とふざけ合い、女の子と他愛ない話をし、美味しいものを食べ、大人たちが見れば「そんな下らないこと」と鼻先で笑い飛ばされるような日常を、精一杯に過ごしていこう。
──そして、戦おう。 仲間とともにガンパレード・マーチを歌おう。
どこかにいる誰かの未来のために。